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Friday, May 28, 2021

幼い頃からのリンクメイト! 村上佳菜子さんが語る、宇野昌磨選手の成長秘話 - 25ans.jp

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村上佳菜子さんが語る宇野昌磨選手の成長秘話

GEPA pictures/ Ch. KelemenAflo

25ans 最新号7月号(2021年5月28日発売)では、フィギュアスケート連載ナビゲーターの村上佳菜子さんが、宇野昌磨選手の強さの裏側を思い出のプログラムとともに分析しています。幼い頃からのリンクメイトならではの秘話はぜひ最新号の誌面にて! こちらでは、書ききれなかった内容を特別にお届けします。

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1  

佳菜子さんと宇野選手との出会いは、名古屋の大須にあるリンクでのこと。このリンクは伊藤みどりさん、浅田舞さん真央さん姉妹も通っていた、スケートファンにはおなじみの聖地です。

「私は地元の小・中校生を対象としてスケートリンクが開いていた教室に入っていました。ここに通う生徒は、将来的にホッケーを選ぶ子もいればフィギュアスケートに進む子もいるという感じだったのですが、そこに宇野選手も通うようになって知り合いました。

当時は浅田真央さんもいて、宇野選手とお母さま、弟の樹くんたちと一緒によくお話したのを覚えています。宇野選手は幼稚園くらいの年頃で、弟の樹くんは最初はまだベビーカーに乗って来ていました。

しばらくして私も宇野選手も、山田満知子コーチのレッスンを受けるようになったのですが、宇野選手は始めの頃は同時にホッケーも練習していました。弟の樹くんは最終的にはホッケーを選びましたけれど、フィギュアスケートを習っていた時期もあったんですよ。懐かしいです」(佳菜子さん)

〈写真:2009年メダリストオンアイスより〉

2  

―小さい頃はどのような練習をしていたのでしょう? 宇野選手と佳菜子さんは練習時間が一緒になることが多かったのでしょうか。

「はい、ふたりともリンクに長くいるタイプの子供で、ほぼ100%といっていいほど一緒にいました!

小さいころの練習は、ジャンプでいえばまずシングルジャンプ。それができたらシングルのアクセルを習って、続けてダブルのサルコウとトウループ。それから他の種類のフリップ、ルッツ、ループというように進んでいきます。

子供だから跳ぶことが怖いという感覚はなかったのですが、必死に頑張って跳んでもダメなときは悔しくて、私はしょっちゅう泣いていました。宇野選手もよく泣いていて、真央さんはじめ当時を知る人たちにとっては“だいたい佳菜子と昌磨はいつもリンクで大泣きしていたよね”という印象があると思います(笑)」(佳菜子さん)

〈写真:2012年 第1回冬季ユース五輪 男子FSより〉

3  

―宇野選手と仲良くなったきっかけは?

「宇野選手は小さいときからアイスショーに出て、一所懸命に腕を使って演技していたことを覚えています。一緒にショーに出ることはとても嬉しかったですし、演技を見て“感情を表現として出せる子だな”と感心していました。

個人的によく話をするようになったきっかけは、練習中の出来事でした。ノービスのころから踊ることが大好きだった私は、貸し切り練習の時間帯に、他の選手のプログラム曲がかかっているときも曲調に合わせて勝手にひとり踊って滑っていたのです。そんなある日、気づいたら宇野選手も同じことをしていて、あれっ?と思ったら、宇野選手は“あ!見られた”みたいな顔をしていて。そこから急速に意気投合して仲良くなったんです。

その後ふたりの間で、ジャンプ練習するときも人の曲に合わせて跳ぶという遊び感覚の練習法を作って楽しんでいました」

―とてもよい練習仲間だったようですね。

「練習は辛いことも多かったので、宇野選手と遊びながらできたのはよかったと思います。他にも“自分のプログラムのジャンプを、どちらが早くノーミスで最後まで跳び終えるか” という競争もしていて、途中で失敗したらもう一度最初から飛び直さないといけないルールを作ったり。

そういうゲーム制にしたら、ふたりとも夢中になって練習したので叱られずに済みましたし、シニアになってからもずっといい仲間でしたね。宇野選手は本当に努力家で、できるまで絶対に終わりにせず、頑張ってずっと練習し続けるタイプ。それが今の宇野選手の強さに繋がっていると思います」

〈写真:2010年 メダリストオンアイスより〉

4

佳菜子さんは、宇野選手が平昌五輪に出場したときのことで、印象に残っている場面があるといいます。

「五輪は、私自身、浅田真央さんと一緒に出場するという夢をかなえることができた大会でした。その大舞台に、今度は弟のような存在の宇野選手が出場することになったのですが、私としてはもう、日本代表に選ばれて滑っているだけで嬉しくて胸がいっぱいでした。演技に関しては、ジャンプの後半部分で、樋口美穂子コーチがフェンスの上を両手で叩いて声をかけている姿が映ったときに、“最後がんばれー”“走れー”と激励する声が聞こえてくるようで、いろいろな思いが重なって泣けて泣けて。その場面は、今でもとてもよく覚えています」

このエピソードも同じコーチから教えを受けたリンクメイトならではの思いですね。

佳菜子さんの大好きな宇野選手のプログラムセレクションは、ぜひ25ans 7月号のページでご覧ください。

〈写真:2018年平昌五輪 男子FSより 樋口コーチと)

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