3月にジョージア州アトランタのマッサージ店で起こった連続銃撃事件は、全米のアジア系市民に大きな衝撃を与えた。8人の犠牲者のうち6人がアジア系の女性だったのだ。コロナ禍と共に増えていたアジア系へのヘイトクライムを日々憂えていた人々は、ついに大量殺害の標的とされる可能性まで突き付けられたのだった。
本稿はアトランタ銃撃事件の詳細と、全米各地で起こっているアジア系へのヘイトクライムの実態と背景を記す。加えて一般市民、アジア系セレブ、大統領を含む政治家たちが取り組む反ヘイトの努力もリポートする。
©️getty
3月16日、21歳白人男性がアジア系マッサージ店3店で発砲
3月16日の午後5時頃、ロバート・A・ロング(白人男性、21)は自宅近くのアジア系マッサージ店に出向き、従業員と客に発砲。ロングは現場を出て車を運転し、午後6時前、やや離れた場所にあるアジア系マッサージ店で4人を撃ち、さらに道を挟んで建つ別のアジア系マッサージ店で1人を射殺。そこから車で逃走するも午後8時30分頃に別の地区で逮捕。
以下は死者8人のリストだ。
●1軒目のマッサージ店
Xiaojie Tan(49)中国系/女性/経営者
Daoyou Feng(44)おそらく中国系/女性/従業員
Paul Andre Michels(54)白人/男性/従業員
Delaina Ashley Yaun(33)白人/女性/顧客
白人男性は同店で電気周りの修理や棚の取り付けなどを行なっていた。白人女性は夫と共に客として同店にいた。無傷だった夫(ラティーノ)は当初、警察に拘束された。
同店の隣の店舗の客であったラティーノ男性(30)も同店付近で撃たれて重体。
●2軒目のマッサージ店
Hyun Jung Grant(51)韓国系/女性/従業員
Suncha Kim(69)韓国系/女性/従業員
Soon Chung Park(74)韓国系/女性/従業員
●3軒目のマッサージ店
Yong Ae Yue(63)韓国系/女性/従業員
この店ではロングのために入り口のドアを開けた女性のみを撃ち、逃走。後に逮捕。
ロングは犯罪の動機を「自分はセックス依存症であり、誘惑を取り除くため」と供述しており、襲撃した3店のうち2店の顧客だった。
ロングは両親と共に非常に熱心なクリスチャンであり、所属する教会は婚外性交を禁じていたという。教会による依存症リハビリ施設に入所したこともあるが、事件前日に「インターネットで何時間もポルノを観ている」として両親から家を追い出されている。ロングはその翌日に銃を合法的に購入し、同日の午後に犯行に及んだ。
「チャイナウイルス」と煽っていた前政権幹部たち
アジア系へのヘイトクライムはコロナ禍が始まった昨年より急激に増えている。当時、大統領だったトランプが「チャイナウイルス」と繰り返し、国務長官だったポンペイオも外交の場においてすら「武漢ウイルス」と言い続けた。当初、トランプと支持者は新型コロナウイルスの存在自体を否定し、同時に「ウイルスは中国から来た」と主張する矛盾をみせていたが、こうした無知と攻撃性がアジア系へのヘイトクライム増加の根底にある。
そもそもアジア系は以前より米国生まれの二世や三世をも含めて移民とみなされ、人種差別の決まり文句「Go back to China」を投げ付けられていた。この風潮も移民排斥を進めたトランプ政権下に強まったと言える。ちなみに外観で出自を見分けることはできず、アジア系であれば等しく「チャイナ」と投げ付けられる。
コロナ禍により精神的にも経済的にも疲弊した者たちがフラストレーションの捌け口としてアジア系を攻撃している様相もある。「小柄」「大人しい(反撃しない)」「英語がヘタ(抗議できない)」とステレオタイプ化されているアジア系は虐めの対象になり得るのだ。
さらにアジア系女性は「性の対象」とみなされる。アトランタ事件の背景に「レイシズム」「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」に加え、「セクシズム」が潜んでいると言われる所以だ。
アジア系女性への誤ったステレオタイプの浸透にはメディアが大きくかかわっている。その象徴は、スタンリー・キューブリック監督の1987年の映画『フルメタル・ジャケット』に登場するヴェトナム人娼婦だ。強いアジア訛りの片言の英語で「Me so horny(ワタシ、トッテモ、ヨクジョウしてる)」と米兵を誘うシーンがある。このセリフは一躍流行語となり、映画の公開から30年以上を経た現在も定番のジョークとして使われ続けている。
特に高齢者や、若い女性への加害が多発
アジア系へのヘイトクライムが際立って増えているのはニューヨーク市と、サンフランシスコを含むカリフォルニア州のベイエリア地区だ。若者にいきなり体当たりされて倒れ、死亡した高齢者(84)、背中を刺されて重体に陥った男性(36)もいる。
ニューヨークとベイエリアは共にアジア系の人口が多く、特にニューヨーク市は人口密度が高く、移動手段として車ではなく、徒歩と公共交通機関に依存する都市であることがヘイトクライム増加に大きく作用していると思われる。道を歩き、地下鉄に乗るだけで高確率でアジア系に遭遇するのだ。2020年はコロナ禍によって市民の外出が大きく制限されたため、ヘイトクライムの総件数は前年割れとなったものの、アジア系対象の事件は増加した。今年はさらに増えている。
日本でも報道されたが、アトランタ事件の翌日にサンフランシスコでは高齢のアジア系女性(75)と男性(83)が同じ男に襲われ、大ケガを負わされている。犯人は75歳の被害者女性に返り討ちに遭い、逮捕の上、病院送りとなった。後日、女性にクラウドファンディングによって100万ドル近い支援金が寄せられたことも話題となった。
この件を筆頭に被害者には高齢者が目立つが、女性の場合は若くとも被害を受けている。いずれも弱い相手を狙ってのことだ。ほとんどの事件が昼間に起き、かつ通行人の圧倒的多数がアジア系であるチャイナタウンで「アジア人をファック・アップ(ぶちのめす)するためにやってきた」と叫んだ加害者すらいる。加害してもアジア人相手なら逃げ切れるとみなしているのだろう。
殴り、突き飛ばすだけでなく、ブラスナックルやパイプといった武器が使用された事件もある。背後から首に液体をかけられた女性、地下鉄内で放尿された女性もいる。多くのケースで「アジアン・マザーファッカー」「犬の男性器を舐めやがれ。それから料理してお前の母親の前で食え」「チンク(アジア系への蔑称)」「チン・チョン(中国語の音マネ)」「問題(コロナ禍を指すと思われる)はお前のせいだ」「俺の国から出て行け」など罵詈雑言が発せられている。
加害者の人種や年齢、社会的地位は様々だ。多くは単独犯。大多数は男性だが、女性も含まれており、ホームレスも散見される。最も驚くべき加害者は著名白人政治家の娘で、アジアでの人権活動家として知られる人物だろう。
この加害者はマンハッタンの路上でアジア系の若い女性に唐突に「あなた、中国から来たんでしょ? 中国に帰りなさい」と差別発言を始めた。女性の夫が駆け付け、口論になると、逆上して「コミュニスト中国に帰れ!」などと叫び続けた。被害者夫婦は共にアメリカ生まれの韓国系二世だった。
アジア系が通報を躊躇する理由
実のところ、アジア系へのヘイトクライムのうち、警察に被害届が出される件数はごくわずかだ。他方、コロナ禍の発生以来、アジア系市民に「ヘイトクライムに遭ったら報告を」と訴え続けている団体 Stop AAPI Hate (*)には全米から3,800件もの報告が寄せられている。
アジア系が警察への被害通報を躊躇するのにはいくつかの理由がある。移民の場合はまず言葉の壁がある。通報の方法を知らない、通報後にどうなるのかわからず不安といったケースもある。さらに不法滞在者であれば通報によって身元が判明し、強制送還になることを恐れる。
言語や滞在資格に問題のない場合も、受けた犯罪が「自分がアジア系ゆえのヘイトクライムなのか?」と迷うケースは多い。現在、ニューヨーク市会議員に立候補中のスーザン・リーは駅の階段で女性に押され、足首を捻挫した。リーは事件時、階段には相手と自分しかおらず、相手は誰でもいいから加害したかった可能性もあると考え、ヘイトクライムとは断言できないとしている。
法的にも、加害者がアジア系への侮蔑語を発するなど、明らかな憎悪を表さない限り、憎悪罪(ヘイトクライム)での起訴を免れるケースがある。2月にワシントン州シアトルで起きた事件では、日系の女性(41)が石のような硬いものを入れたソックスで顔面を殴られ、鼻の骨を折っている。
犯人は逮捕されたものの、犯行時に無言であったことから憎悪罪が適用されず、被害者はこの件に抗議する記者会見を開いている。そもそも犯罪のカテゴリーに憎悪罪を持たない州すらあり、これらが警察のデータが実情を反映していない理由だ。
さらにアジア系への差別を容認、実践する人種差別主義者の警官も存在する。アトランタ事件の翌日に記者会見を開いた地元保安官事務所のベイカー警部は「昨日はロングにとって、ツイていない日」だったと言い、激しく批判された。その直後、コロナビールを模したデザインに「COVID-19 中国から輸入のウイルス」と書かれたTシャツをベイカーがSNSにあげていたことが露見。「このシャツが気に入っている!売り切れる前に買えよ!」と書き添えられていた。
アトランタ事件も犯人は殺人罪と加重暴行罪のみで起訴されており、アジア系団体のリーダーや政治家たちが憎悪罪を加えるように要請している。
*AAPI = Asian Americans and Pacific islanders アジア系アメリカ人と太平洋諸島系アメリカ人をひとつのグループとみなす略称 (stopaapihate.org)
アジア系へのヘイトクライムに対する政界や社会的な動き
増え続けるアジア系へのヘイトクライムに対し、政界も動きつつある。各地で反アジア系ヘイトクライムのデモが行われる中、ジョー・バイデン大統領はアトランタ事件の犠牲者への哀悼の意としてホワイトハウスでの半旗掲揚を命じた。
現在、米国上院議員のうちアジア系はタミー・ダックワース(タイ系)、メイジー・ヒロノ(日系)の2議員のみだが、その2人がバイデン内閣にAAPIを指名するよう要請した。組閣に際してバイデンは多様性を目指すとしながらAAPIを入閣させなかったのだ。
アジア系のセレブも様々なアクションを起こしている。1月にベイエリア、オークランドのチャイナタウンで高齢者を含むアジア系男女が襲われた際、俳優ダニエル・デイ・キム(韓国系)とダニエル・ウー(中国系)は犯人についての情報提供に対して25,000ドルの懸賞金を提示した。また、デイ・キムはアトランタ事件の後、ヘイトクライムを抑制する法の制定を目指し、議会公聴会での発言も行っている。
ニューヨークでアジア系女性が男に激しく突き飛ばされて額を10針縫うケガをした際、被害者の娘の友人である俳優のオリヴィア・マン(中国系ベトナム系)がSNSで情報を発信し、犯人逮捕にこぎつけた。俳優サンドラ・オー(韓国系)はペンシルヴァニア州での反アジア系ヘイトクライムのデモに参加し、メガホンを片手に「私は誇り高いアジア人! 私たちはここに属する!」と叫んだ。俳優/コメディアンのケン・チョン(韓国系)は、アトランタ事件の犠牲者の遺族に計5万ドルの寄付をした。
他方、元トーク番組ホストのジェイ・レノは、アジア人のイヌ食についてなどのヘイト・ジョークを長年発し続けたことを謝罪。メディアにおけるアジア系の人権団体MANAA(Media Action Network for Asian Americans)が10年以上にわたってレノに要請してきたことだが、アトランタ事件が起こり、ようやくの謝罪となった。
ウェブサイト『Teen Vogue』の新編集長に決定していたアレクシ・マカモンドはアジア系へのヘイト・ツイートが発覚し、降板。10年以上も前の高校生時代のツイートではあったが、「寝起きにアジア人の腫れた目にならないように」「アホなアジア系の教員助手」などと繰り返しており、同サイトは10代の読者に向けて社会問題を積極的に取り上げるメディアであることから強い批判が起こっていた。
差別と闘う「#YellowLivesMatter」が賛否両論の理由
上記がアジア系ヘイトクライムの現状だが、付随する問題は他にもある。SNSで #YellowLivesMatterが使われ出したところ、賛否両論となった。
#BlackLivesMatter運動を忍耐強く続けてきたアフリカン・アメリカンの中には他のグループにフレーズを借用されたくないと言う人がいる。アジア系の中にも「イエロー」を使いたくないとの声がある。そもそもアフリカン・アメリカンとアジア系は共にマイノリティでありながら、その関係性には歴史に基づく緊張感がある。また、一連のヘイトクライムの加害者にアフリカン・アメリカンが少なからず含まれている事実もある。
なお、米国ツイッター社は #YellowLivesMatter ではなく、#StopAsianHate、#StopAsianHateCrimes を認定し、ハートのイラストを付けている。
その一方、BLMに参加し続けたアジア系 #Asians4BlackLives もあり、アトランタ事件の直後、ニューヨークでは「ブラック&アジアン連帯」と銘打ったイベントも開催されている。
いずれにせよ、この記事を執筆している最中にもアジア系へのヘイトクライムのニュースがいくつも飛び込んできた。少なくともコロナ禍が終焉するまで、アジア系市民は日常生活に十分に気を付けなければならない。同時に自身が属するアジア系コミュニティ、他のコミュニティ、政界などと連帯し、事態の改善を進めていく必要がある。
(堂本 かおる)
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